若田光一が 5 歳のとき、アポロ 11 号は月に着陸した。
彼は宇宙飛行士になることを夢見た。27年後、彼は初めての宇宙旅行をしたのだ。
言語はコミュニケーションの重要な手段だ。あなたは挨拶をしあう。
学校では教員の話を聞き、討論をし、同級生との会話を楽しむ。家では宿題をする。これら全ての活動のためにあなたは言語を使う。
しかし、もう一つの重要なコミュニケーションの手段がある。
注意深く周りを見ると、多くのピクトグラムに築くだろう。次の図を見てみよう。小さな子供でも知っているかもしれない。
左の図は緊急出口を示す。中央の図はトイレを示す。右の図はエスカレーターを示す。
違う国から来た宇宙飛行士たちが毎日共に食事をする。そのため、私たちは多くの異なる宇宙食を食べる機会があるが、重力の助けなしに食べるのは難しい。せんべいを食べると、そこらじゅうに飛んでいくで注意しなければならない。
スープを飲むときはストローを使わなければならない。
宇宙では風呂に入ることができず、ただ布で体をふくだけだ。自分の部屋で寝ることができるが、非常に小さい。概して宇宙での生活はとても快適だ。
私たちは科学実験でとても忙しい。しかし、他の実験の時間もとる。カナダの宇宙飛行士と腕ずもうをやってみた。驚いたことに、私たちふたりの体は回転しはじめたのだ。
別の実験では筆で文字を書いてみた。非常に多くのインクを使ってしまったのだが、垂れてくることはなかった。
私のいちばん好きな実験は「魔法のじゅうたん」だった。自分の足にテープを貼って、じゅうたんにくっつくようにしました。それが魔法のように動いた。私は宇宙空間を飛んだのだ!
2013 年、私は三回目のISSに行った。ISS の司令官を任命された。
司令官としての私の仕事は、確実にみんなが問題なく過ごすことだった。アメリカ、ロシアそしてラトビアから来た宇宙飛行士がいた。日本語を話すロボット、キロボもいた。
私たちは皆188 日間、共に働き、共に話し、混み込みした空間の中で生活しなければならなかった。
私はただひとつ、ルールを作った──皆が可能な限り共にディナーを取らなければならないというものだった。
これは、リラックスしその日の仕事やトレーニングのことを話す大切な時間だ。
最後に一言。宇宙へ行くことは恐ろしい経験だ。多くの危険がある。なぜ私が宇宙へ行くのか疑問に感じるかもしれない。
私が宇宙へ行くのは(難しい)挑戦であり、人類にとって重要なことだからだ。世界中から来た宇宙飛行士がいっしょに仕事をしている。この経験を通じて、私は地球の民としての、私たちに共通の人間性を信じるようになった。私たちのひとりひとりが宇宙船地球号の乗組員の一員だということを忘れないでほしい。
Optional Reading Go Beyond Your Comfort Zone
私たちは日本列島に住んでいるが、わが国が地球上の他の多くの地域と持っている国際関係を拒むことはできない。
快適な状態にとどまる事は非常に容易であるが、異文化間の伝達や交流への挑戦は大きな見返りがあると学んできた。
人生を通じて、国際友好と専門的なやりとりを通して見識と知識を得ることができた。
もし一つの場所にとどまる選択をしてきたなら、これらは全てできなかったことだろう。
未知のことを探求することは宇宙に行くことで私たちがしてきたことであるが、この星にも同様に未知の領域が数多くある。
新しい学校、初めての仕事、問題の新しい見方などに飛び込み、快適な状態の向こう側に冒険することで、あなたは探求者になる。
最初の一歩は難しいが、しばらくすればその経験なしでは生きられなくなるだろう。
日本の若者には、ここの目標を見つけ、それに届くように戦略を立てるのに懸命に取り組んでほしい。
情熱、勇気、己の能力を信じることはあなたを目標に導くもっとも効率のいい混合燃料である。
一人一人が唯一の存在ということを忘れないでほしい。